「建国記念の日」に関する声明



日本歴史学協会は、一九五二年一月二五日、「紀元節復活に関する意見」を採択して以来、「紀元節」を復活しようとする動きに対し、一貫して反対の意思を表明してきた。それは、私たちが超国家主義と軍国主義に反対するからであり、「紀元節」がこれらの鼓舞・浸透に多大な役割を果たした戦前・戦中の歴史的体験を風化させてはならないと信じるからである。しかるに、政府は、一九六六年、「国民の祝日に関する法律」を改訂して「建国記念の日」を制定し、政令によって戦前の「紀元節」と同じ二月一一日を「建国記念の日」に決定して今日に至っている。

私たちは、政府のこのような動きが、科学的で自由な歴史研究と、それを踏まえるべき歴史教育を困難にすることを憂慮し、これまで重ねて私たちの立場を表明してきた。

日本における学問・思想の自由は現在重要な危機に直面している。二〇二〇年一〇月の日本学術会議(以下、学術会議)会員の「任命拒否」事件以来、政府は学術会議への介入・圧力を強めてきた。昨年六月一一日には、学術会議の独立性・自律性を否定し、学術以外の論理が入り込む可能性がある新「日本学術会議法」が成立した。これまで学術会議が国の機関であると同時に政府からは独立して職務を遂行するナショナル・アカデミーとして「学問の自由」を体現し、また日本国憲法が掲げる平和主義の理念に基づき一貫して軍事研究に否定的な立場を表明してきたことを踏まえれば、同法は民主主義を破壊し学術の軍事動員を図るものというしかない。同法案提出以降、日本歴史学協会をはじめ多くの学協会・研究者・市民による反対運動が展開された。四月一五日の学術会議総会では同法案の抜本修正を求める決議等が採択され、結果的に国会でも日本維新の会を除くすべての野党が法案反対の立場をとるに至った。にもかかわらずこうした声を無視する形で法案成立が強行されたことは非常に遺憾であり、厳重に抗議する。

社会・政治情勢全般をめぐっても、懸念すべき動きが目立つ。昨年一〇月に成立した高市早苗政権の下では大軍拡路線が公然と押し進められると共に、排外主義・国家主義が急速に強化されてきた。高市政権は「国家情報局」を設置し「スパイ防止法」を速やかに成立させるとしているが、これは市民を監視し、報道の自由を奪うばかりか、学問の自由や思想・良心の自由をも脅かすものである。「スパイ防止法」の前身ともいうべき「国家機密法」は一九八五年に自民党が成立を目指したが、国民の強い批判を受け廃案となった。だがその後、安倍晋三政権下で「特定秘密保護法」が制定され、さらに岸田文雄政権下では「経済安保法」や「セキュリティ・クリアランス制度」等が次々と導入された。今回の「スパイ防止法」は、排外主義の高まりに乗じて、このような一連の思想統制の動きの「総仕上げ」をしようというものであり、かつての「治安維持法」の復活を目指すものといっても過言ではない。しかもこの動きが、「台湾有事」は「存立危機事態になり得る」との発言で、いたずらに緊張を煽り、近隣諸国との関係の劇的悪化を招いた政権によって押し進められていることに深い危惧を覚える。

一九九〇年代以来、歴史学の成果を無視し侵略戦争・植民地支配を正当化する歴史否定論(歴史修正主義)は拡大を続けてきたが、昨年も政治家による看過できない発言が相次いだ。五月三日、自民党の西田昌司参院議員は、沖縄戦に動員され犠牲になった生徒等を追悼する「ひめゆりの塔」の展示に関して「歴史の書き換えだ」などと述べ、批判を浴びた。これは沖縄戦の実態を歪めるものであるばかりか、資料館への不当な政治介入の発言であった。忘れてはならないのは、高市首相が一九九〇年代から「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」に参加したり、日本軍「慰安婦」問題に関して軍の関与と強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」(一九九三年)の見直しの運動に関わるなど、歴史否定の運動の先頭に立ってきた人物だということである。安倍政権以降、教育の国家統制が強化され、昨年三月に結果が公表された教科書検定でも政府見解を押しつける不当な政治介入が行われたが、高市政権によりこうした政策がさらに進められ、歴史否定論がいっそう拡大することが憂慮される。

学問の自由と思想・良心の自由は社会の民主的・平和的な発展の基盤であるが、現在の情勢下でこれらは厳しい状況にさらされている。歴史学、歴史教育と学術行政が学問・思想の自由という普遍的原則と歴史学の科学的・客観的研究の成果に立脚すべきであることを強く訴え、これらの条件を脅かす「建国記念の日」にあらためて強い懸念を表明する。


二〇二六年一月二四日


日本歴史学協会会長                  若尾 政希

同会学問思想の自由・建国記念の日問題特別委員会委員長 栗田 禎子