「建国記念の日」に関する声明



日本歴史学協会は、一九五二年一月二五日、「紀元節復活に関する意見」を採択して以来、「紀元節」を復活しようとする動きに対し、一貫して反対の意思を表明してきた。それは、私たちが超国家主義と軍国主義に反対するからであり、「紀元節」がこれらの鼓舞・浸透に大きな役割を果たした戦前・戦中の歴史的体験を風化させてはならないと信じるからである。しかるに、政府は、一九六六年、「国民の祝日に関する法律」を改定して「建国記念の日」を制定し、政令によって戦前の「紀元節」と同じ二月一一日を「建国記念の日」に決定して今日に至っている。

私たちは、政府のこのような動きが、科学的で自由な歴史研究と、それを踏まえるべき歴史教育を困難にすることを憂慮し、これまで重ねて私たちの立場を表明してきた。

二〇一二年の第二次安倍晋三政権の発足以来、日本国内では、憲法の定める「思想・良心の自由」・「学問の自由」を侵害しかねない施策が公然と採られるようになってきたが、昨年は特に看過し難い問題が生じている。

第一は、七月の安倍晋三氏の死去に伴い、政府が各方面からの反対や疑問の声に耳を傾けることなく、閣議決定のみの手続きで国葬を強行したことである。そもそも近代日本の歴史を振り返った時、国葬が政府への批判や異なる意見を封じ込める狙いをもって行われてきたことは明らかであり、それは一九二六年に制定された国葬令のもとで国民の服喪が義務化されたことや、アジア・太平洋戦争下で挙行された山本五十六の国葬が絶望的な戦局のなかで国民をなおも破滅的な戦争に駆り立てようとする目的を有していたことを想起すれば十分である。国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の原則を有する日本国憲法のもとで、その憲法が定める「思想・良心の自由」を侵害する恐れのある国葬が充分な議論抜きで強行されたことに対し、強く抗議するものである。

第二は、日本学術会議に関わる問題である。二〇二〇年の会員任命拒否問題に際して、任命を拒否された六人の研究者を会員に任命するよう求める日本学術会議や、私たち日本歴史学協会を始め一〇〇〇を超える学術団体の要請を無視し続けてきた政府は、昨年一二月、唐突に「日本学術会議の在り方についての方針」を示し、第三者委員会を設置して会員の選考に関与させることを含める法改正を準備していることを明らかにした。この政府の方針は、日本学術会議の独立性に照らして明白な疑義があり、日本学術会議の存在意義の根幹に関わりかねない問題をはらんでいる。

そもそも日本学術会議は、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与すること」(日本学術会議法前文)を使命とし、個別の政権の考え方からは独立した長期的な視野に立ってその使命を遂行する機関である。これに対し、会員の任命拒否や、学術会議の自律的かつ独立した会員選考への介入などにより、「政府等と問題意識や時間軸等を共有」することを求める政府の方針は、日本学術会議を政府・経済界の個別的・短期的意図に従属させようとするものに他ならず、学術の意義と「学問の自由」への無理解を露呈するものである。

私たちは、ここに改めて、日本学術会議が第一八六回総会で議決した声明(「内閣府「日本学術会議の在り方についての方針」(令和四年一二月六日)について再考を求めます」)を支持することを宣言するとともに、政府に対し、学術の独立性や「学問・良心の自由」を顧慮せず、学術を政府の統制下に従属させようとするその方針をただちに撤回することを求める。

現在進行するこうした事態は、そう遠くない将来に、主権者たる国民が「建国記念の日」を論じ、批判する自由すら再び奪われかねないのではとの危惧すらいだかせる。私たちは引き続き、歴史学はあくまで事実に基づいた歴史認識を深めることを目的とする学問であり、歴史教育もその成果を踏まえて行われるべきであって、政治や行政の介入により歪められてはならないことを主張するものである。


二〇二三年一月二一日


日本歴史学協会会長                  若尾 政希

同会学問思想の自由・建国記念の日問題特別委員会委員長 横山百合子